

All That Jazz 2025.11.28
「大家好!」という流暢な中国語の挨拶が響いた瞬間、場内の空気がふっと和らぎ、一気に活気づいた。日本からやってきた彼は、All That Jazz のリーダーにして、すべてのアレンジを担う中心人物——どこか照れくささを纏ったピアニスト、野上朝生(Asao Nogami)である。

メンバーが持ち場につき、ピアノが数小節の和音を鳴らしたかと思うと、主唱の由里子(YURIKO)が姿を現し、会場は大きな歓声に包まれた。オープニングは『魔女の宅急便』のアレンジ。ドラマーの末藤健二(Sueto Kenji)とベーシストの河本奏輔(Kawamoto Sosuke)が、多様なリズムパターンを軽やかに行き来し、サックスの栗原晋太郎(Kushihara Shintaro)は主旋律を歌うように吹き重ねる。最初に即興を担ったのはピアノ、その熱気を引き継ぐようにサックスが走る。わずか三分足らずのオープニングで、ヴォーカルと楽器陣の間にすでに言葉にしがたい張力が立ち上がっていた——これこそが All That Jazz の真骨頂だ。

曲が終わると、野上は再び中国語で挨拶する。「我們是 All That Jazz,很高興認識你們……」と、どこかユーモラスな調子でメンバーひとりひとりを紹介していく。その朗らかな空気に観客は自然と拍手で応じ、用意された中国語への称賛と、まさに今目の前で音を紡ぐ音楽家たちへの敬意を惜しみなく送った。

二曲目の「散歩」(『となりのトトロ』より)は、ビッグバンド風に大胆にアレンジされ、楽器同士の対位法やユニゾンが賑やかに交差する。もともと可愛らしい楽曲だが、この編成によって祝祭的な躍動が一層際立つ。YURIKO の声は楽曲のムードに寄り添い、童心を帯びたトーンへと滑らかに変化していく。「いつも何度でも」(『千と千尋の神隠し』)は、ピアノの静かな積み重ねから始まり、古い民謡のような厳かさへと向かう。最後はピアノの余韻だけが残り、会場全体が呼吸を止めるような静寂に包まれた。

続くMCは YURIKO。 「今日は来てくださって本当にありがとうございます。ちょっと緊張していて……どうか温かく見守ってください」 不慣れな言語ゆえの緊張が垣間見えたが、観客は温かい拍手で応える。続いて演奏された「ふたたび」(『千と千尋の神隠し』)が始まった瞬間、会場はざわめくことなく、誰もが旋律を“知っている”という空気で満たされる——幼少期の記憶が一斉に立ち上がるような、映画音楽ならではの魔法が広がった。

YURIKO の声は曲ごとに表情を変え、まるで物語の語り部のようだ。栗原のサックスはしばしばその語りに寄り添い、時に解き放たれ、声では語れない情感を描き出す。曲が終わり YURIKO がいったん舞台を離れると、スポットライトは背を向けたピアニストへ。抽象的で朧げな空気から一転、明確なリズムのコードを弾きはじめ、やがて「天空の城ラピュタ」の旋律が立ち上がる。その瞬間、会場の空気が変わる。記憶の中の旋律と、今鳴らされる音のあいだに生まれる“ねじれ”が、観客を一気に物語の中心へと連れ戻すのだ。 ラテンのリズム、狂気すら帯びるサックスのビバップ的フレーズ——ラピュタはいつしか壮大な「競技場」と化していた。

主唱不在のまま、バンドは『天空の城ラピュタ』『ハウルの動く城』『風立ちぬ』などを次々と披露し、アフロビートからラテンまで自在に横断する。テーマと即興のあいだを疾走するメンバーたちは、互いに笑い合ったかと思えば、次の瞬間には鋭く耳を澄ます。末藤のドラムはエネルギーに満ちつつも、会場に合わせて巧みにコントロールされ、そのふたつの表情が絶妙なバランスで共存する。

「昨日は夜市でカレーを食べました。すごくおいしかった!台湾最高!」 そんな軽やかな一言が、二十分にわたる濃密なインスト演奏の余韻をやわらげ、会場に柔らかな笑いが生まれる。野上の編曲はしばしば原曲とは異なる和声を用い、ジャズ特有の即興性を最大限生かすことで、曲そのものを開放し、アニメーションの世界を再解釈していく。
やがて長い“闘い”が終わると、YURIKO が再び登場し、ガラスのように透明なピアノとともに後半が幕を開ける。レゲエのグルーヴやファンクのリズムを織り交ぜた『風の谷のナウシカ』『となりのトトロ』などが続き、前半のジャズ/ラテン路線とは異なる表情を見せる。 「一緒に手拍子をしましょう!」 トトロの演奏では、YURIKO の呼びかけに全員が笑顔で応え、手拍子と歌声が会場を満たす。最後の曲が終わると、すぐさまアンコールの声が響き渡り、メンバーがふたたび登場。だが YURIKO の姿はなく、野上がその隙に軽快な即興を披露する——即興こそ、ジャズマンの本領なのだろう。

「ジブリがあったから、こんな素敵な夜を過ごせました。ありがとうございました!」 主唱の言葉に会場が温かく応える。そして最後のアンコールは意外な選曲だった。ネット世代の象徴ともいえる『新世紀エヴァンゲリオン』の主題歌「残酷な天使のテーゼ」、さらには『カントリー・ロード』の英語版と中国語版。世代を超えて共有された記憶が、この夜、Billboard Taipei の空間でひとつにつながっていった。

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