

西原健一郎は、トレードマークのシンプルなシャツを身にまとい、ステージ中央の電子ピアノへと向かう。その佇まいは至って自然体だ。ステージ右手には、彼と共にリズムを刻むドラマー、Ken Takahashiが控えている。

音楽が鳴り響く。軽やかなピアノの音色と揺れるドラムビート。西原の演奏が持つ特有のエアリーな透明感に、Takahashiの堅実で迷いのないビートが重なり、一曲目の「Our Love」が始まった。躍動感あふれる裏打ちのグルーヴが会場を包み込む。

Michael Kanekoの登場は、より開放的だった。グルーヴの渦中でボーカルを務める彼は、ただ歌声を届けるだけでなく、会場の熱気を最高潮へと導く最高のムードメーカーだ。

流暢な中国語で「聞こえないぞ!(聽不見!!)」と観客を煽り、一瞬にして会場との距離を縮めていく。 「台湾の皆さんは英語も日本語も上手で最高だね!ハハハ!」と、カリフォルニア育ちの明るいアクセントで語りかけ、フロアをさらに熱くさせる。

続いてミュージシャンたちが次々とステージへ。黒のベストにサックスとクラリネットを携えたDAISUKE。その隣には、タイトなスーツにボーラーハットを合わせ、まるでマイルス・デイビスを彷彿とさせる出立ちのトランペッター、MAKOTO。管楽器の音色が夜空を切り裂くように伸びていき、脳裏には現代の都市風景を切り取ったドキュメンタリー写真のような情景が浮かび上がる。

西原健一郎の演奏は、常に主役であるわけではない。それはまるで映画のワンシーンにおける、柔らかなボケ味の背景のようだ。作曲家としての彼は、都会の日常の風景を描き出す。夜の繁華街を、行き交う人々の顔が認識できるほどの速さで歩く。ショーウインドウのモデルや流行の色、連なるレストラン、冷たい空気、そして自分自身との対話。ヘッドフォンを耳に、思考と現実の間を散歩しているかのような感覚。 共演するミュージシャンたちは皆、強烈な個性を放ちながらも、その情景の一部として完璧に調和し、同時に演奏者としてのエゴを昇華させている。

西原は音楽プロデューサー、作曲家、ピアニストであると同時に、DJや選曲家としても1996年から東京で活動してきた。ファッションや都市文化を起点に、東京・パリのファッションウィークやGINZA SIXのサウンドプロデュースを手がけてきた彼が、これほどまでに洗練された音楽を生み出すのは、決して偶然ではない。

「All these years」「My Leaving」と曲が続き、「RR」ではより激しいリズムが押し寄せる。背景に流れるグリッチ・サウンドが、高揚感をさらに加速させていく。 ドラマーのKen Takahashiは、ノイズバンド Paris Death Hilton のメンバーでもある。彼のドラミングは、ジョン・ボーナムやデイヴ・グロールといった伝説的ロックドラマーを想起させる。シンプルな要素で楽曲ごとの独特なグルーヴを表現するそのスタイルは、西原の繊細な世界観と見事に融合し、ライブならではの強大なエネルギーを注入していた。

ジャズを「心地よいBGM」と捉える人もいれば、そうでない人もいる。特に即興演奏を本質とするジャズは、究極の自己表現形態であり、歴史の中では多くの巨人が新しい概念を提示してきた。

管楽器奏者のDAISUKEとMAKOTOは、JABBERLOOP時代から常に新しいジャズの創造に尽力してきた。彼らの音楽は、ジャズの即興性を持ちながらも、あらゆるジャンルに溶け込み、聴き手に深い体験を残す。

DAISUKEのサックスは重厚で力強く、MAKOTOのトランペットは時に無邪気な子供のように、時に独り言をこぼす思春期の少年のように響く。二人の合奏は、初期のジョン・コルトレーンとマイルス・デイビスが共演しているかのようだ。長年の信頼関係が生む息の合った即興は、まるで最初から書き込まれていたスコアであるかのような錯覚さえ抱かせる。

今回の「OJAZ」台北公演では、西原によるDJセットというサプライズも用意されていた。生楽器の次元の中にDJプレイを織り交ぜることで、観客にリラックスしたひとときを与える。多才な彼のアイデンティティが光る演出だ。

Michael Kanekoの音楽には、カリフォルニア育ち特有の西洋音楽の影響が色濃く反映されている。70年代のAORやソウルの遺伝子を感じさせる魅力的な歌声は、西原の楽曲と共鳴し、完璧な都会のポートレートを描き出す。そのエネルギーは時に、90年代のヒップホップ・パーティーに迷い込んだかのような錯覚を起こさせる。彼のMCスタイルは、シュガーヒル・ギャングやA Tribe Called Questを彷彿とさせるクラシックな趣があった。

バンド編成による「Elastic afterwords」は、録音物の軽やかさとは一線を画し、ポーティスヘッドのようなトリップ・ホップの質感に、日本のポストロックバンド MONO のような重厚さを加えたものだった。後半、Ken Takahashiの感情が爆発し、クラッシュシンバルの轟音が限界まで押し上げられる。海鳴りのような音の壁が押し寄せる。西原健一郎の音楽にこれほどの側面があったのかと驚かされる。これこそが、即興や再解釈の緊張感を受け入れる「ライブ」の醍醐味だろう。

アンコールは、Michael Kanekoによる「Say You Love Me」の再解釈。ファンキーで軽快なメロディが、観客を現実の世界へと優しく連れ戻す。この夜のパフォーマンスは、崇高さを誇示するのではなく、すべての要素を緻密にバランスさせ、絶え間ない「小さな驚き」をデザインし続けた贅沢な時間だった。

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