

Eric Martin 2025.12.20
「巨大なロック・レジェンドから、至近距離のアンプラグド・パフォーマンスへ──Eric Martin の半世紀にわたる心の軌跡を目撃する夜。」
会場に足を踏み入れると、視界に広がるのはロックバンドのTシャツを身にまとったファンたちが、思い思いに集い、腰を下ろしている光景だった。その多くは、1980年代のアメリカで保守的な親世代を震撼させたメタルバンド、そして今夜の主役 Eric Martin が所属した Mr. Big のロゴを掲げている。

Mr. Big をめぐる数々の名シーン、そしてファンの間で語り継がれてきたメンバーの逸話。若き日のヘヴィメタル創作、数万人規模のスタジアム公演、そして今、このシンプルな編成による親密なライブへ──Eric が歩んできた半世紀の道のりを、私たちは想像できるだろうか。現在行われているワールドツアーは、きっと彼にとって若い頃とはまったく異なる意味を持っているはずだ。
開演前、楽屋から聞こえてくる Eric Martin の温かな歌声。そのエネルギーと人懐っこさを併せ持つ伝説的な声が、観客の期待を一気に高めていく。そして今夜の演奏が始まった。
65歳となった Eric Martin は、ヘヴィメタルが全盛を極めた時代を生き抜いてきた。Alice Cooper、Twisted Sister、Skid Row、Poison、Mötley Crüe、Bon Jovi……。彼らの奔放なライフスタイルとともに、70年代の先達が切り拓いたグラムロック/ハードロックの系譜を受け継ぎ、中性的な装い、誇張されたメイクやヘアスタイル、タイトなレザーウェアによって、「マスキュリニティとフェミニニティの共存」という美学を定義した時代だった。
音楽的には高度なテクニックと速弾きを軸に、経済成長後の豊かな生活、友情、そして数多くのラブソングを歌い上げ、ポップミュージック全体に大きな影響を与えた。同時に、保守的な社会に挑発的に切り込み、PMRC(ペアレンタル・ミュージック・リソース・センター)による規制運動を招きながらも、ロックが本来持つ「反権威」の精神を際立たせていった。その反骨の時代は、『ディazed and Confused』や『The Breakfast Club』、近年では『Stranger Things』といった作品にも描かれている。
ステージへ向かうわずか20秒で、Eric Martin のカリスマ性は観客を掌握する。多くを語らずとも、シンプルな言葉と身振りだけで会場の空気を動かすその力は、半世紀を超えてなお健在だ。かつての時代を体験できなかった若いファンにとっても、そこにはロックが体現する「アメリカン・ドリーム」が確かに存在していた。
〈Untouchable〉では、ブルースやカントリーを起源とするスライドギターが用いられる。ロックが元来内包してきたルーツ音楽の言語を、Demon 出身のギタリスト David Cotterill が奏でると、それは驚くほど自然で、呼吸するように滑らかだった。メタルギターで若者を熱狂させてきたフレーズは、アコースティックギターに置き換えられても、観客に自然と手拍子を起こさせる力を失わない。
Eric は私生活についても冗談交じりに語ることを躊躇しない。
「観客が酒を飲んでるのを見ると、コロナ禍で隔離されてた頃の自分を思い出すよ。部屋に大きな鏡があって、ボトルを持って通るたびに映るんだ。『なんて情けない太った男なんだ』ってね、ははは!」
〈Take Cover〉では、David が反復的なフレーズを奏で、Eric がその下で和音を支える。ギターのラインは広大な景色を描き出し、まるで人類が宇宙の境界を想像し始めた時代のような感覚を呼び起こす。
“I wanna take cover, take cover from you.”
ひとつの歌声に、ひとつの世代の記憶が重なる。
楽曲の合間には、2人がアコースティックギターを叩いてドラムのようなリズムを生み出し、Eric は叫ぶ。
「テーブルを叩いてもいい、踊ってもいい、一緒にやろう!」
その瞬間、彼は今もなお人々を鼓舞するロック・スターだった。
続いて披露されたのは Mr. Big の代表曲。
“Just take my heart when you go, I don’t have the need anymore…”
失恋を真正面から受け止める決意を歌うこの曲、そして〈Super Fantastic〉が描くのは、
“Everything is beautiful, nothing’s too tragic…”
という、あの時代が夢見た理想の人生だ。これほど率直でシンプルな幸福のイメージを描けるのは、そしてその核心を歌えるのは、Eric Martin 以外にいないのかもしれない。

「30年前、Paul(Gilbert)のギター教室でさ……。俺たちはまだ無名の若いバンドでルームメイトだった。彼は毎日ギターを弾いてて、うるさかったよ。『練習すれば上達する』っていつも言われたけどさ……ふん、当時は聞く耳持たなかったね。」
〈Wild World〉はアコースティックギターを中心に構成された楽曲で、Mr. Big が長年培ってきたアンプラグドの美学を象徴している。名盤『Live from the Living Room』が証明したように、アンプラグドは楽曲の核心──歌詞、メロディ、ハーモニー──を最も純粋な形で浮かび上がらせる。
軽妙なMCで会場を笑わせつつ、〈Goin’ Where the Wind Blows〉では一転して情緒を切り替える。そのサウンドは、雨上がりの湿った空気と差し込む陽光が交錯する瞬間のようだった。
「Billy はいつも俺に『もっとロックを書け』って言うんだ。バラードは書くなってね。でも、この曲を書いたのは彼自身なんだよ。」
“If you need a perfect man, I will do my best…”
愛の力が“大きな男の子たち”を変えていく、その象徴のような一曲だ。
カントリー調のギターが鳴るたび、それはアメリカという土地に根差した最古級の音楽言語への敬意であり、人種や時代を超えた賛歌のように響く。
「次の曲は、俺たちが飲んできた酒、過去の人生についてだ……つまり、より良い自分になるって話さ。」
宣言のようなギターリフとともに、Eric は前に出てソロを弾く。もはや恐れもためらいもなく、ステージは彼らの身体に完全に馴染んでいる。
半世紀を生きた音楽家は、仲間についてこう語る。
「Billy が俺を紹介するとき、いつも少し気まずそうなんだ。でもある時、こう言った。『この男がこんなに曲を書いてくれなければ、俺たちは世界を回れなかった』って。」
Eric は彼を強く抱きしめた。
観客席からは感嘆の声が漏れる。音楽そのもの以上に、人々が心を打たれるのは、ミュージシャン同士の絆なのかもしれない。時間を超える友情、仲間と創作し続けるというロマンは、誰にでも貫けるものではない。
ラストは〈To Be With You〉。
Mr. Big を代表するこの楽曲は、寄り添うこと、人と人との純粋な感情を歌う。最小限のアレンジと率直なメロディが、会場をひとつにする。
“I’m the one who wants to be with you.”
Eric は観客全員に立ち上がるよう促し、最後の歌を迎えた。
最も美しい歌とは、きっと人々が照れを捨て、声を合わせられる歌なのだろう。音楽の本質とは自己表現であり、この媒介を通して、誰もが自由に想いを差し出すことなのだ。
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