


ステージ上には、エレピ、ギター、ベース、そして作業用のノートPCというミニマルなセット。温かなイエローの照明が観客の顔を照らし、ファッショナブルな若者たちがゆったりと食事を楽しんでいる。 トレードマークのロングヘアにニット帽、トレンドを押さえたシルエットを纏い、主役の春野 Haruno が登場した。ベースには、先日のZINの来台公演でも活躍したKeityを迎え、鉄壁の布陣が揃う。
春野とは何者か?
ネット世代に生まれた彼は、従来のアイドル像とは一線を画す。VOCALOIDでの活動を原点に制作スキルと知名度を積み上げ、2018年からセルフ名義での活動を開始。Mac Miller、DPR IAN、keshi、さらには坂本龍一やCode Kunstといった多岐にわたるアーティストから影響を受けたその音楽性は、現代を生きる少年少女の「心の処方箋」として響いている。
幕開け オープニングの「燃える夜」、春野がコードを刻み、リズム隊が静かに、かつタイトに追随する。冷静な表情の裏に、音の粒となって溢れ出すプライド。続く「HIGHER」では、彼は鍵盤から離れ、身体全体で音楽を表現し始めた。 軽快なロックのグルーヴが心地よい「OVERTIME」。 「Overtime Overtime / 私のせいにしていいけどさ / あなたの影だけ追ってしまうんだ」 切ない歌詞とは裏腹に、サビでは心の痛みを乗り越えたかのような自信が漲る。まるで独り言のようでありながら、空っぽの空間に叫ぶような内省的なダイアローグ。それは去りゆく人を受け入れ、自らの価値を再確認する儀式のようだった。
「ニーハオ!我是春野(春野です)」
中国語の挨拶に会場が沸く。韓国音楽好きが高じて韓国語を学んだ彼らしく、台北公演も準備万端だ。それでも、話す時に隠しきれないシャイな仕草。この繊細さと少しの照れこそが、彼の音楽家としての個性を形作っている。 「Like A Seraph」ではDisco/Houseを基調としたBPMで鼓動を速め、巧みにライブの歩調をコントロールしていく。
「おーあいにー(我愛你)」
佐藤千亜妃とのコラボ曲「Venus Flytrap」では、サビの「おーあいにー」に合わせて台湾のファンが指ハートを送り、大合唱が巻き起こった。「D(evil)」ではバッドボーイのような笑みを浮かべ、ワウギターと合成された鳥の鳴き声のようなシンセ音が、彼の実験的なポップセンスを際立たせる。 ベースのKeityは、LUCKY TAPESやbrkfstblendでの経験を活かし、音源とは異なるレイヤーを楽曲に加えていく。まさに現代日本のブラックミュージック文脈において欠かせないミュージシャンだ。
「ここまではクールな曲をお届けしましたが、ここからは『ディナーショー』のような雰囲気で、チルな音楽を楽しんでください」

中盤、水色の光がステージを包み込み、静寂が訪れる。「Kidding Me」のアンニュイな空気が、冬の陽だまりのような暖色の光へと変わる頃、観客の張り詰めた神経はゆっくりと解き放たれていった。
「もしこの曲を知っていたら、一緒に歌ってください」 「Love Affair」のミニマルな編曲、Mac DeMarcoやTame Impalaを彷彿とさせるLofiな音作り。情報の波に溺れる現代において、この「適切な距離感」こそが心地よい。「Soooo Many Problems」の合唱中、春野は見守るような、慈しむような表情でファンと視線を交わしていた。
「メンバー紹介をさせてください。今回は初めて『3人』の編成で来ました。ベース、Keity!ギター、Hisa!」

「僕たちはみんなシャイなんです(笑)。でも今日はこの3人で最後まで走り抜けます。あ、ボーカルの春野でした!」

静まり返った会場に響くピアノの音と呼吸。それは坂本龍一の後期作品『async』や『Merry Christmas Mr. Lawrence』のライブ版を彷彿とさせる、ミニマリズムの極致。2019年のシングル「Summer」は、ピアノと歌声という最も純粋な形で披露され、その「空白」さえもが深い感情を物語っていた。
突然、春野が「深呼吸してもいいですか?」と観客に問いかける。 「僕がノンストップで歌い続けているから、皆さんも息苦しくなっちゃったかなと思って。一緒に深呼吸しましょう。吸ってー、吐いてー」 このユーモア溢れるやり取りに、会場が和む。漫才のような軽妙なトークと、一瞬で切り替わるプロフェッショナルな演奏。そのギャップがたまらなく魅力的だ。

アンコール、少し照れながらも確かな自信を覗かせてステージに戻った彼。 「音楽を一人ひとりに届けることは、本当に難しいことだと思っていました。でも今日、こんなにたくさんの人が集まってくれて……本当に心が温かくなりました」 「次の曲は、ある孤独な夜に書いた、僕にとって大切な曲です。今、寂しさを感じているあなたに届きますように」
最後に披露された「深昏睡」。ステージには春野とピアノだけが残り、孤独という名の現代の物語を優しく紡ぎ出した。

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