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奇妙礼太郎ライブ・レポート:魂の歌声と、遊び心あふれるソウル

2026.04.16

Music

曹瑋倫

曹瑋倫

奇妙礼太郎ライブ・レポート:魂の歌声と、遊び心あふれるソウル

執筆:曹瑋倫(ツァオ・ウェイルン)

奇妙礼太郎とバンドメンバーがステージ上で互いに視線を交わし、準備が整ったことを確認すると、音楽が鳴り出した。それは「開始」というより、音楽という現象がその場で「発生」したかのようだった。非常に肉体的な熱量を持つバンドだ。Vo/Gt:奇妙礼太郎、Pf:中込陽大、Ba:Keity、Gt:ホリグチチエ、Dr:松浦大樹。ベーシストのKeityを除けば、長年活動を共にしてきた馴染みの顔ぶれであり、過去のライブ映像でも彼らの表情や音の個性を識別することができる。

バンドそれぞれの個性

ドラマーの松浦大樹は、She Her Her Hersのドラマーとしても活動している。ドラマーはバンドのサウンドを定義する重要な存在だ。例えば、もしザ・ビートルズのドラマーがリンゴ・スターではなく五月天(Mayday)のグァンヨウだったら、あるいはレッド・ツェッペリンのドラマーがボンゾではなく黄瑞豊(台湾のジャズドラマーの重鎮)だったら……あの60年代特有のレイドバックしたスウィング感や、巨人のようなエネルギーは失われていただろう。松浦大樹は、リンゴ・スターのように技術的なパターンを誇示するのではなく、楽曲の響きを第一に考える、極めて自然な音楽性を持ったドラマーだ。訓練されたテクニシャンというよりは、予測不能で人間味あふれるダイナミズムでバンド全体をドライヴさせていく。

素朴で人間味に満ちた、「初めまして!」という名の音楽

オープニングを飾った『散る散る 満ちる』や『エロい関係』は、ソウルフルなサウンドでありながら、日本語のメロディに乗ることで独特の表情を見せる。奇妙礼太郎のあのトリッキーで、少しおどけた、それでいて純粋な洞察に満ちた精神状態が、肉体を通して音楽に決定的な影響を与えている。それは弛緩しながらも狂おしいほどの生命力だ。彼は眉間にしわを寄せ、音楽の中の世界を「凝視」し、その世界を楽しみながら歌う。音色が織りなす世界は実に鮮やかだ。スタイルとしてはモータウンやファンクと言えるかもしれないが、彼の音楽は決して型にはまったものではない。

楽器の調整を経て演奏された『たまらない予感』では、奇妙なスウィング感とともに、レゲエのグルーヴが刻まれる。ピアニスト中込陽大の演奏は、まるで初めてセッションしているかのような瑞々しさがあり、運命を直視するような諧謔味に溢れていた。ピアノ、ギター、ベースが交互にソロを回し、精明で自由なピアノ、親しみやすいメロディを奏でるホリグチチエのギター、そして内斂的で落ち着いたベースが楽曲を支える。

どういうわけか、このバンドには60年代のヴェルヴェット・アンダーグラウンドのような質感がある。5人で構成された音楽的有機体であり、それぞれに余白と自由が残されている。写実主義というよりは印象派―あるいはその両方の長所を併せ持っている。芸術的な手法で現実を描写しながらも、完成された作品には想像の余地が残されているのだ。奇妙が歌詞カードを無造作に放り投げ、いたずらっぽく笑う姿は、現実世界に迷い込んだ漫画のキャラクターのようだった。

『愛の讃歌』と魔法のショー

ピアノの前に歩み寄り、何かを言いかけては止める。役に入るための儀式だろうか。シンプルな伴奏と高揚感のある歌声。それで終わりかと思った瞬間、バンド全体が突如として50年代のドゥーワップや幻想的なオペラのような時空へと飛び込んだ。メンバーたちも思わず笑顔になる。それはまるでマジックショーのような音楽体験だった。音源とは大きく異なるライブアレンジから、奇妙礼太郎が常に内容をアップデートし続ける表現者であることが伺える。それは彼の鋭い直感、あるいは演劇的なパフォーマンスの賜物だろう。

「こんにちは!」ようやく発せられた最初の一言。『朝までのブルース』のイントロで彼がギターを爪弾くと、木材の共鳴が人馬一体ならぬ「人琴一体」のダイナミズムを生む。『marriage』での茶目っ気たっぷりなストローク。バンドと奇妙礼太郎本人の関係性は、まるで二つの異なる世界が共存しているかのようだ。

「Hey Piano Man!!!」

『ピアノメン』ではブルージーなピアノがブギウギを奏でる。「Hey Piano Man!!!」と彼が叫ぶと、会場の誰もが、そして奇妙本人さえもが楽しそうに笑った。「イェーーーイ!!!!!」時折上がるその叫びは、心の中の狂喜を伝えてくる。頭をかきむしりながら困り顔を見せるのも、すべてが音楽の一部だ。「こうやって始まるのか?」観客は何度もそう思ったはずだ。奇妙が即興的にギターを弾き始め、ピアノがそれにコードを合わせると、いつの間にか曲が始まっている。ランダムな魅力の完璧な具現化だ。

「彼はソウルシンガーなのだ」という確信が湧き上がる。『SWEET MEMORIES』を聴きながら、ブルースの本質とは何かを考えた。正確さよりも、初期のブルースマンたちのようなしなやかな表現力。『愛がすべてのこと』は、夏の午後に扇風機の風に吹かれながらテレビから流れる笑い声を聞いているような安らぎを。一方、『わたしの歌』では、突然去り、突然戻ってきた者への引き裂かれるような想いが会場を支配した。バンドはこの日最も炸裂したサウンドを響かせ、ギターは歪み、ドラマーは全エネルギーを遠くへ飛ばし、ベースは地盤を固めてバンドを雲の上まで疾走させた。「……変幻自在、奇妙なバンドだ」と私はノートに記した。

アンコール、そして宇宙を越えて

アンコールの拍手に応えて登場した彼は語った。 「なんだか……ここへ来てから、時間の流れが……なんというか。日本にいる時はずっと喋り続けているんですけど、今は……何を話せばいいのか分からなくなっちゃって(笑)。ここの時間は本当にゆったりしていますね」 「おかげで新曲もたくさん作れました。次に歌うのは、僕が大好きなバンドの曲です。皆さん、知ってるかな……ザ・ビートルズっていうバンドなんですけど」 (客席から笑い声) 「あ、冗談ですよ。『Across the Universe』という曲を、ここで歌いたいと思います」

椅子に腰かけ、ピアノの音が鳴り響く。光が奇妙礼太郎の横顔を照らす。その瞬間、すべてが腑に落ちた。彼の持つドラマチックな緊張感も、リラックスした空気感も、ビートルズや60年代の音楽と深く繋がっている。『愛の讃歌』に見られた『サージェント・ペパーズ』のようなサーカスの雰囲気。『ピアノメン』に感じたボブ・ディランの『ミスター・タンブリン・マン』のような色彩。『わたしの歌』に見られた初期ピンク・フロイドとビートルズの質感、そして日本が生んだサイケデリック・ポップの先駆者、はっぴいえんどの影。

松田聖子の『赤いスイートピー』で見せた光と影のコントラスト。シャンソンの名曲『オー・シャンゼリゼ』は彼の初期からの代表曲だが、彼が歌うことで楽曲に新たな命が吹き込まれる。ライブが終わろうとするその時、彼は再びおどけたようにコードを弾いた。パーティーはまだ終わらない―観客の誰もが、この時間が終わらないことを願っていたはずだ。



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